音音が清盛の許しを得て、ご社殿造営の棟梁となってから四、五日して、ひょっこり兄の竹由が厳島へやって来た。
「あれっ…。竹どんどうしたの?」と言ったがそのあとは言葉にならず、どっと出る涙を拭きもせず、音音は竹由の胸に抱きついた。竹由は初めて父の死を知ったのである。
都へは父の死を飛脚で知らせたのだが、途中で行き違ったのであろう。
竹由の話すところによると、一か月程前から、母のおたきが「竹由ご苦労だが一度安芸国まで行ってきておくれ。近頃どうも夢見が悪うて、棟梁のことが気にかゝってならぬ。おともどうしていることやら…」などと、くどくど言うので、しかたなく旅立ちをして今しがた着いた処だと言う。
「やはり虫の知らせというものであったのか」と竹由が言った。
おとはそれを聞くと、父の死が一層悲しく、母のことも気にかかったが、竹由が来てくれた事がとても嬉しかった。おとは、万次郎や他の内弟子たちの前ではきっとした態度をとっていたが、やはり心細かったに違いない。おとはやはり女であり、しかも都から遠く離れて来た処で、今大きな仕事に取り組もうとしているのだから、当然のことであったであろう。
竹由も、おとが父精右衛門に代わって棟梁をつとめることを清盛さまにお願いした経緯を聞いてよろこんだ。そして「都に居る母のことは気がかりだが、わたしも当分島にとどまっておとを手伝ってあげよう。わたしは大工の仕事は何一つできないけれど、おとが嬉しい時、おとが悲しい時に笛を吹いて、共に喜び、また慰めてあげることぐらいはできよう。いいだろう…」と言ってくれた。
初めは二人の消息が分かったら、すぐ都へ引き返すつもりで来ていた竹由も、しばらく滞在する内に音音のけなげな決心にほだされ、そんなに長い期間ではなかったのに、しばらく離れていて今語り合うおとに、兄と妹としての思いよりも、何か別な、女のすばらしさを感じるようになった。
今日は陽気も良い。一応の考えがまとまったおとは、父との別れの悲しみも少しずつ薄れ、いくらか心も軽くなった。何気なく浜辺に出て腰を降ろして、波一つない海を眺めている。今日は遠浅の州浜が特に広く見える。
見ると、貝を拾ったり小蟹とたわむれているのであろう子供たちの姿が見える。
と、どこからともなく、かすかな笛の音が聞こえて来た。「あっ!竹どんの笛の音だ!」とすぐ分かった。おとの軽やかな気持ちが竹由にも分かるのであろう、かすかな曲も浮きうきと聞こえてくる。
「竹どんはどこに?」と、おとはあちこちを見廻すが、すぐには見つからない。
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