| 2006年(平成18年)6月9日921号 |
6月10日は「時の記念日」。1920年(大正9年)に制定されたもので、時間の貴重さを思い、時刻を守る念を深めることが趣旨になっている。天智天皇10年4月25日(太陽暦では671年6月10日)に、漏刻という水時計で初めて時を告げたのを記念している。
時間の貴重さといっても、そもそも時間とは何なのであろうか。昔、アウグスティヌスは時間について次のように語っています。「いったい時間とは何でしょうか。誰も私に尋ねないとき、私は知っています。尋ねられて説明しようと思うと、知らないのです」。
時、あるいは時間や時刻というものは、もともと観念的のものにしか過ぎなかった。というより、人間の都合で作られた産物である。基準もあいまいなものであったが、太陽の動きが元になって決められていた。太陽の動き(地球が動いているからであるが)によって人の生活が左右されているからである。日が昇って日が沈むまでが昼、日の沈んでいる間は夜。その繰り返しで1日が過ぎる。
1日を24時間に分け、1時間を60分に、1分を60秒に分けた。これが今の時間の基本である。しかし、1日の基準が問題である。日の出や日の入を基準にすると毎日ずれてくる。そこで太陽が真南に来た時から、次の日に真南に来た時までを1日とした。それで規則正しく時が刻めるはずであったが、季節によって太陽が真南に来る時間にずれがあることがわかった。
そこで、1日の長さを1年間平均して決めることにした。これで日常生活には問題がないのだが、それに基づいて作られた時計が、より精確になるにつれて1年の長さにもずれのあることがわかった。
太陽の動きに合せて決められた時というものが、今では人が決めた基準に合せられてしまった。地球の自転が遅速を繰り返しながら、少しずつ遅くなっているのである。そのため、何年かに一度、時計の時間を修正している。今年の元日の朝9時前に、うるう秒として1秒加えられたのはそのためである。
実感としてはわからないが、今年は去年より1秒だけ長いのである。時の記念日だからといって、この1秒の違いをわかる必要はないが、空を見上げて悠久の時の流れくらいは感じたいものである。
時の日や水音聴きて明日想ふ 気水
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