WEBタイムス 平成16年(2004年)1月1日803号
 地元首長と議会議長あいさつ

宮島町議会議長

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 還御待つ翼を張りて
 大鳥居
 鷹羽狩行先生に頂いた、厳島神社の管絃祭の句である。
 夜半、かがり火も明々と、朱の大鳥居をくぐって、満潮に浮かぶ社殿に漕ぎ入って来る管絃船。祭りは最高潮となる(旧暦六月十七日)。
 管絃船が通る大鳥居から社殿までの道筋は、船底が当らないように深く掘られる。旧暦の六月十一日と定められている。これが何百年と続いている「御州堀」(おすぼり)である。
 「御州堀」は、草津の人々と、廿日市、大野、大竹の人々によって執り行なわれ、掘る位置にも取り決めがあり、長い伝統を持つ神事でもある行事である。
 宮島の町民は現代でもこの「御州堀」に参加できない。管絃祭の神事は、全て島外の人々の格別のご協力の元に、今日までその類希なる伝統が脈々と受け継がれている。
 宮島の島民より先人であった草津や、廿日市、大野、大竹の人々の助けを以てこそ伝承された祭である。永い伝統を持つ「管絃祭」の在り方が、くしくもそれを指し示してくれている。
 室町時代以前の災害でも、何かと近隣の人々のお世話になったことであろう。
 己斐から大竹までの「郡」(ごおり)が旧佐伯郡であり、佐伯郡の皆様に守られ続けて来たのが「宮島」である。
 現在の宮島には縄文海進以来の原始林に見守られるように、多くの伝統と歴史、文化財がある。これらが今日迄引き継がれたのは、近隣の人々の「厳島」への熱く深い思い入れ故であろう。この文化の賜り物に、いつもいつも感謝している。
 和が願 よう也く足りてもうで来し
 いつく島に鴬啼くも
 斎藤茂吉が残して下さった歌である。何時の世にも誰にでも、このように詠われる「やすらぎの宮島」であり続けることを願ってやまない。
 東の空に向かって、初日を拝まずにはおれない。西の夕日に、感謝の念深く、手を合わせる元旦である。


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