
▲真っ赤に実った廿日市市特産のイチゴ
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【廿日市市】イチゴのおいしい季節がやってきた。市場では九州産イチゴがもてはやされている中、かつては「平良イチゴ」として名をはせた廿日市市平良地区を中心に、地元でも去年の12月中旬ごろから、真っ赤に実を結んだ大粒のイチゴが出荷されている。農家・生産量とも全盛期から激減してしまった、地元の隠れた特産の歴史を振り返ってみる。
地元イチゴの歴史
地元イチゴの中でも代表的な「平良イチゴ」の名前は、現在では意外と知られていない。「地元の小売店などに並ぶことはあまりなかった」と、今でも生産を続ける地元の農家の男性(58)は当時を振り返る。最盛期には、イチゴを日常の食卓で食べるという習慣が、現代ほど定着してなかったことも一因だろう。
粒が大きく、非常に甘いのが平良イチゴの特徴。正体は「とよのか」だ。JA佐伯中央の職員によると、当時は九州の業者・農家が視察や勉強に訪れるほど有名だったそうだ。原や宮内など周辺地域でも栽培されているが、出荷量の違いか平良イチゴとして有名になった。上平良交差点から速谷神社付近までの道が県道433号線として整備される前には、両側にイチゴ栽培のビニールハウスが連なっていたという。
同地区周辺で栽培が始まったのは約40年前。広島市佐伯区の八幡川沿いにあった明治製菓(株)がジャムにするイチゴを求めたのが始まりという説が有力だ。パート求人も少ない時代で、「いいお金になるから」と農家の嫁・姑などが働き、同地区に広まったらしい。
進歩する技術
農作業全般に言えることだが、イチゴの栽培も腰をかがめる辛い作業だった。最近では高設栽培が導入され始め、改善されている。幅50cm前後で、ハウスいっぱいの長さがあるプランターを腰の高さに設置し、栽培する。「かがまないぶん作業が楽になった」と前出の男性はいう。
種の改良も行われている。平良イチゴは古くは宝交早生(ほうこうわせ)という種だった。やがてとよのかに代わり、今では、とよのかを他種と掛け合わせたレッドパールが同地区の主流だ。主に病気への耐性、色付きの良さが改良されている。九州地区でもさがほのかなど、とよのか後継種に切り替わりつつある。味の方は、「無論おいしいですが、個人の好みもあり、以前の方がおいしいという人もいますね」とJA佐伯中央の職員。いろいろ食べ比べてみるのも面白い。
消えたブランド名
平良地区ではイチゴの栽培が減少しながらも続いているのに、「平良イチゴ」ラベルのパックをまったく見かけなくなったのには理由がある。1974(昭和49)年から77(昭和52)年にかけて廿日市町(当時)、佐伯町、吉和村の農協が合併し、佐伯中央農協となった。それまでは各地区の農協がそれぞれの農協名で出荷していたが、合併後は農協ごとの名称で出荷するわけにもいかず、管轄地区のイチゴは「さいき中央」の名称で統一した。
JA佐伯中央のイチゴの総出荷量自体も減少した。「100トンぐらいが20トンぐらいに減ったのでは」と同職員。77年には、百二十の農家が同農協に登録していたが、近年は二割ほどの二十四程度にまで激減している。生産者の高齢化と、後継者がより安定した収入が得られる職業へ流れたことが原因だ。平良地区のビニールハウスも数えるばかりとなっている。

▲スーパー店頭に並ぶ平良イチゴ。写真左隅の九州産と比較すると粒の大きさが分かる
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地元イチゴの行方
さいき中央イチゴは、「県内産では、県内市場で尾道などと1〜三位を争っている」とJA佐伯中央職員は力強く言う。「今月下旬から2月にかけて出荷がピークになると単価が下がり、地元スーパーにも並ぶ。量が少なく、単価が高い時は百貨店で見かける」そうだ。
「平良イチゴ」は完全に無くなったわけではない。農家が農協を通さずに市場に出荷しているわずかな分は、以前の「平良イチゴ」のラベルを使っているため、実はまだ存在する。同市串戸四丁目のスーパーエイトには、12月から春先までのシーズン中、店頭に並ぶ時がある。1月6日の店頭売り分では、九州産と同様のパック入りで、498円と同額だった。
同スーパーに隣接するケーキ店パパ・ドゥでは、平良イチゴのショートケーキ(320円)を収穫時期限定で販売している。「水っぽくなく、昔ながらのイチゴの味がすると評判」と神田芳文店長。地元の農家から直接仕入れた平良イチゴをスポンジケーキの上にふんだんに載せた人気商品だ。
今年はちょっと出来が遅いが、大粒のイチゴが取れているという。暖かくても寒くてもよくないというイチゴ栽培。地元の気候と農家がはぐくんできた伝統の果実、さいき中央・平良両イチゴともぜひ味わってみてはどうだろうか。
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