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西広島 天皇ゆかりの史跡

2019年01月01日

おあがりば公園
(廿日市市阿品1丁目)
 1885(明治18)年8月1日に明治天皇が西国巡礼の際、宮島から広島に向かうため、上陸された場所。公園中央には高さ約3・5mの石碑が立ち「西幸記念碑」と掘られています。碑文には、明治天皇が上陸される際、地元有志が桟橋を作り出迎えたことが記されています。
宮内天王社(廿日市市宮内)
 素戔嗚尊(すさのおのみこと)と神武天皇が主祭神。社伝によると神武天皇が御東征の際に立ち寄ったといわれ、古くから村人に天王社と呼ばれているそうです。もとは広田社山のふもとにありましたが、1573年〜92年に海潮により損なわれ現在の場所に遷座したと伝わっています。
 

小泉本店 明治天皇行幸の石碑
(広島市西区草津東)
 嚴島神社に神酒を納める小泉本店は、江戸時代の創業。同社前には、「鳳輦を置きとどめるところ」の石碑が建っています。輦は、輿(こし)のこと。中でも、天皇の乗る正式な輿は、屋根の上に金色の鳳凰の飾りがあり、鳳輦と呼ばれます。明治天皇行幸の際に乗っていた鳳輦を置いた場所です。
 国立国会図書館所蔵の「明治天皇行幸年表」には、1885(明治18)年8月1日「小泉甚右衛門宅小休」とあります。
 当時の小泉家では、御幸川から水を引いた趣ある庭を埋めて、休息するための建物を建てました。一行の立ち去った後、建物を解体。草津の浜で焼いたそうです。行幸を記念して、同社の酒の銘柄を「御幸(みゆき)」としました。「当日はとにかく暑かったようで、休まれる場所に氷柱を用意したそうです」(小泉隆司社長)。
 日清戦争中の明治27年には、妃である昭憲皇太后も、当時広島にあった大本営を陣中見舞いで訪れた際に、小泉家で休息しました。その建物は、今、蔵として使われています。
後白河法皇御行幸松
(廿日市市宮島町)
 平安時代の1174(承安4)年、後白河法皇(1127─1192)が嚴島神社を参拝された際に植えたと伝えられているマツの木です。明治時代、政府の神仏分離令発令により切り倒されました。
 

皇太子殿下行啓記念碑や松
(廿日市市宮島町と広島市佐伯区)
 1926(大正15)年、皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)が、嚴島神社を参拝するため宮島に行啓した際の記念碑です(写真右上)。皇太子殿下裕仁親王は水害防止、山村の荒廃防止のため県庁に黒松の種子を手植えされたといわれています。苗木が旧観音村役場に配布され、その後、坪井公民館に移植されたと伝わっています(写真右下)。さらに旧八幡村の村役場で現八幡公民館には「皇太子殿下御挿種松」「大正十五年」と掘られた石碑と松が残っています。
 

 新たに天皇に即位される皇太子さまは、地元西広島地区にも来訪されています。2006(平成18)年10月23日には、廿日市市宮島町の嚴島神社を訪れています。三原市であった全国育樹祭の出席と合わせ地方事情の視察のため来訪されました
 2019年は天皇陛下が4月30日に退位され、翌5月1日には新たに皇太子さまが即位されます。改めて天皇陛下、皇族に注目が集まっています。地元西広島地区には、天皇陛下や皇太子さまにちなんだ史跡などが多数点在します。地元に残る史跡を訪ねてみました。







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平成31年1月18日 第1533号

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